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季節の節目に思い出されるカニの存在
食卓に並ぶ料理には、そのときの空気や人の会話、感情まで一緒に刻まれていくものがあります。私にとってカニは、単なるごちそうではなく、家族や土地の記憶と深く結びついた存在です。特に節目の時期になると、自然とあの味や光景が思い出されます。
お正月に囲んだ湯気の向こう側
子どもの頃のお正月、九州の実家では親戚が集まり、少し遅めの昼食としてカニを囲むことがありました。こたつの上に大皿が置かれ、立ち上る湯気の向こうで大人たちが近況を話し、子どもたちは無言で身を取り出すことに集中していました。殻を割る音や、指先が少し冷たくなる感覚まで、今でも鮮明に思い出せます。
手間の中にあった楽しさ
カニは食べるまでに少し手間がかかります。その手間こそが、場の時間をゆっくりと進めてくれていました。急いで食べる料理ではなく、会話をしながら少しずつ味わう。その過程が、家族の距離を自然に縮めていたように感じます。今思えば、あの時間そのものがごちそうでした。
九州から外へ出て気づいた価値
大人になり九州を離れて暮らすようになると、当たり前だった年中行事の重みを改めて感じるようになりました。忙しさに追われる中で、季節を意識した食事を取る機会は減りがちです。そんなとき、年末や年始にカニを見かけると、自然と心が実家の方向へ引き戻されます。

旅先で選んだお土産の記憶
旅行に出かけた際、お土産としてカニ関連の品を選んだこともあります。冷蔵ケースの前でどれにしようか迷いながら、受け取る側の顔を思い浮かべる時間は楽しいものでした。帰省の際に渡すと、「懐かしいね」と言われ、その一言で距離が一気に縮まった気がしました。
贈ることでつながる気持ち
自分用としてだけでなく、人に贈る選択肢としてもカニは特別感があります。お土産として持ち帰ったときや、後日改めて送ったときも、「わざわざ選んでくれた」という気持ちが伝わりやすいように感じます。物そのもの以上に、思いを届ける役割を果たしてくれます。
今の暮らしに取り入れる意味
現在の生活では、昔のように大人数で集まる機会は少なくなりました。それでも、年に一度くらいは少し特別な食卓を用意したいと思うようになっています。静かな時間の中で味わうカニは、にぎやかだった昔とは違う形で、心を落ち着かせてくれます。
記憶を次につなぐ食卓
食事はその場限りで終わるものではなく、後から思い返すことで価値を持ち続けます。お正月のカニの記憶や、お土産として渡したときの会話は、今でもふとした瞬間によみがえります。これから先も、形を変えながら、そうした記憶を誰かと共有していきたいと感じています。





